マイストーリー 〜1・子供時代

もうちょっと詳しく自己紹介してほしい、
という方に向け書き出しました。

なぜ、ダイエットコーチになったのか、自分なりに正直に半生を書いてみました。
ご興味ある方だけお読みください。

1・子供時代
三姉妹の末っ子として横浜で誕生。
船乗りの父はほとんど日本にいなかったため、
祖母と母、姉2人と女だらけの家で育ちました。

なんでも姉たちの真似をしたがり、
姉がピアノを習い始めたら、私もピアノを始め、
字が読めないうちから姉が教科書を音読するのを耳で覚えて真似してました。

また、おしゃれするのが大好きで、
小さなバラの刺繍がしてあるソックスや、
かわいらしい刺繍が胸に入っているワンピースがお気に入りでした。

もちろんこの頃は夢にも思わなかったのですが、三つ子の魂百まで、
実は、このあたりが既に将来の職業の素になっています。

小学校では父の転勤でバンコクへ。
初めての常夏の国、庭に生えてる椰子や、パパイヤ、マンゴーの木に感動したり、文化の違いに驚いたり。

また他の国の子供たちと遊んだりすると、
「日本は島国だったんだ!」と一気に視野が広がりました。

そしていつでもプールで泳いであっという間に真っ黒に日焼けした子供に。
そのせいか見た目で何人かわからないらしく、
日本人に英語やタイ語で話しかけられたり、
欧米人の父親が子供に「あの人たちはチャイニーズ」と教えているのを耳にしてはおかしくて笑ってました。

当時のタイは今より、のんびり大らかな国だったので、
細かくない性格は主にここで形成されたようです。

小学校6年で帰国した時には、
キチンキチンとした日本の暮らしや、
みんなと一緒じゃなければ仲間に入れない生活に窮屈さを感じるようになりました。

中学受験をすることになり、塾に通い始めましたが、
その頃はそれも珍しいことだったので、また「他人と違う」というのが嫌で友達には言えませんでした。

塾では受験勉強が全然追いついてないことに愕然とし、
このままではまずいと思い、塾の先生に直接交渉。

結果、各科目の先生が好意で個別の補講をしてくださり、
(無料で個人指導!)

週3クラスにもかかわらず、週6くらい毎日通いつめました。
とにかく一生懸命に勉強しました。

人生で一番勉強した半年間。
ちなみに母は私が勝手にそんな交渉をしてることを知りもしませんでした(笑)

この経験で「道は自分で切り開くもの」と信じるようになり、
また一方では「頑張って努力をすれば協力してくれる人がいる」、
ということを学びました。

その甲斐あってか、帰国子女枠で有利だったためか、
難関中学に無事に合格できました。
(恐らく後者。もしくは運が良かった)